日光連山の懐にいだかれて千休日光のおいしいそばができました。

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日光山麓 今市扇状地 の紹介

1.日光の歴史

男体山

男体山

 日光山を修験の山として開山したのは、勝道上人と伝承されている。奈良時代末期のことである。勝道上人は、隣町の鹿沼にある古峰神社で修業を重ねたのちに、日光山主峰男体山に登頂し、開山したという。この古峰神社も1300年以上前に開かれた天狗信仰がある歴史ある神社である。
 前日光の山の含め、この付近は古来から霊山であり修験の聖地であった。 近年世界遺産にも登録された二社一寺であるが、輪王寺の前身の寺や二荒山神社が勝道上人の時代に建てられているのに対して、いちばん有名な東照宮は、徳川家光が家康の御陵として建立したものであるので、はるかに歴史は若い。
 こうして有力な寺社が古くからあった旧日光市は門前町として栄え、その手前の旧今市市は、参拝客の宿場町そして近隣の商流=市の立つ町として栄えてきた。


2.日光の地理と風土

日光杉並木

日光杉並木

 関東平野の北に位置し関東以北の最高峰日光白根山と日光連山は、山や湖沼など多くの自然が残り、春夏秋冬多くの観光客が訪れる。
 また日光市内には、多くの温泉が湧出しており宿泊客も多い。
 華厳の滝を源流とする大谷川は今市扇状地を作り、市内には、いたるところに水路が廻り美味しい水の豊富な土地である。
 こうした地形により、県都宇都宮とは、気温で3−4度低く、夏場は涼しいが、同じ温度差がある冬季は、冷え込みが厳しい。


3.日光の産業

今市彫刻屋台

今市彫刻屋台

 自然環境・二社一寺の歴史的建造物・豊富な温泉 と最大の産業は観光業である。しかしながら近年観光客の減少傾向にある。ついで林産業。江戸時代以降特に戦後復興時には材木の生産地として、また製紙チップの産地として栄えたが衰退が激しい。
 農業は江戸時代後期に頻繁に起こった飢饉により離村者が続出するなど衰退し、幕府の命により二宮尊徳が灌漑施設の整備など農業復興に尽力した。こうした水路は未だにその多くが現役であり「二宮掘」と呼ばれて管理されている。
 観光客が多いだけに、土産物や食品加工産業が多いのが、この地の特徴である。日光彫や下駄など、林産加工品。そして漬けもの・羊羹・湯葉・味噌・酒など、地元農産物を使った食料品が多い。近年では、豊富で美味しい水を求めて、大手食品加工会社が、豆腐やもやし、酒造関連など工場進出してきている。


4.日光の現況

今市屋台祭り

今市屋台祭り

 当地に限ったことではないが、少子高齢化、過疎化著しく、産業のすべてにおいて厳しい状況。特に農林業は、耕作放棄地が顕著化するなどしており、加速度的に地域産業全体が減速している。
 観光業も、戦後の旅行ブーム・団体バス旅行・別荘地ブーム・バブル経済・リゾートブームなどいくつもの高不景気の波による傷跡も小さくない。消費者ニーズの変化に対応しきれていないようにも見受けられる。


5.未来の日光にむけて

きのこ

きのこ

 若者による空き店舗活用が見られる。また既存企業の中からも、新特産品開発、伝統品の復興、付加価値の高い農業品への取り組みなど、新しい動きが出てきている。また観光業も、料金格安型ホテルが増え始め一定の客を確保している。一方ただ泊まれる旅館から、体験型や付加価値を加えたサービスをセールスポイントにする展開も増えている。
 多くの知恵やアイディアが出始めてきている。移入者の少ない町であったけれど、近年若者や移住者の斬新な感覚が多くのムーブメントや刺激を与えてくれており、期待されている。


6.こんな町だけど・・・

野生鹿

野生鹿

 と、簡単にわが町日光を紹介してきました。現在は混沌としてちょっと苦しんでいる町だけど、みんなこの町が好きです。自然が豊かで、食べ物や水が美味しくて、人間味もあったかい。
 だからこの町にこだわり、この町の人と一緒に、ここで採れたもの、そして活動をアピールして行こう、と思っております。


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